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海運業における倒産と関係者の対応
第6回 船舶の差押による債権回収・基礎編
船舶の差押は海運業における債権回収にとって最も効果的な方法の1つである。船主にとって船舶を差押により止められることは大きな痛手であり、船舶が差し押さえられた場合、船主としては、船舶を動かすために債権者への支払いを余儀なくされる。債権者の度重なる催促を全く無視していた船主が、船舶を差押された次の日に差押を行った債権者へ債務を全額支払った事案もある。しかしながら、船舶の差押ができる事例は限られており、船舶の差押にはそれなりにリスクを伴う。今回は船舶に関する基礎的な説明を行い、次回は船舶差押に関するドキュメント方式の説明を行う。
わが国では船舶の差押の方法としては、「船舶国籍証書等の取り上げ」と「船舶の差押の登記」の2種類があるが、一般には船舶の国籍証書等の取り上げで船舶の差押を行う事例がほとんどであるので、ここでは船舶国籍証書等の取り上げによる船舶の差押を前提とした説明を行う。
船舶の差押には仮差押と本差押の2種類がある。
債権の回収という立場で考えた場合、船舶の差押には、大きく分けて仮差押と本差押の2種類がある。この2つの差押では、差押のできる局面が異なり、また現金供託の必要の有無などの手続も両者では違ってくる。
船舶の本差押とは、(1)船舶先取特権あるいは船舶抵当権にもとづく船舶の差押、あるいは、(2)判決等にもとづく船舶の差押をいう。債権回収で頻繁に行われるのは、主に船舶先取特権にもとづく船舶差押である。どのような債権に船舶先取特権が認められるかに関しては、本連載の第1回をご覧いただきたい。典型的なものは、バンカー代あるいは船舶修繕費などである。本差押に関しては、仮差押の場合と異なり、差押に際しては、担保(主に現金供託)を裁判所に提供する必要はなく、債権者にとっては比較的楽な差押と言えよう。また、本差押に関しては、船舶がわが国の港に入る前の段階であらかじめ船舶の差押命令を裁判所からもらう大変便利な制度も認められている。差押の後に、債務者が任意に債務を支払わない場合、船舶は競売され、競売代金から債権者への配当が行われることになる。
船舶の仮差押とは、船舶の所有者が債務者である場合に、債務者が船舶を処分したり隠匿することを防ぎ、債権者の債権を保全するための船舶差押をいう。本来、債権の回収の手順としては、債権者が債務者に対して裁判を起こし、勝訴判決をもらい、その後、債務者の所有する船舶へ差押(上記本差押)を行い、その後船舶を競売し、債権者はその競売代金から配当を受け取ることが建前である。しかしながら、債権者が債務者に対して訴訟を起こしている間に債務者が所有する船舶を処分し、売却代金も他の債務者への弁済などに使った場合に、後に債権者が勝訴判決を得たとしても、債務者には資産が無く、判決は画に書いた餅となる。これを防ぐために債権者が行うのが船舶の仮差押である。船舶仮差押ができる債権者は船舶先取特権者に限られず、債権者一般に認められる。
ちなみに、船舶の仮差押に関しては、本差押のように船舶の入港前に差押命令をもらう制度は無く、債権者は船舶が港に入って裁判所の管轄に入ったことを確認してから差押の申立てを行わなくてはならない。したがって、港に停泊する時間が短い漁船の差押には苦労が伴うものである。
以下では船舶の仮差押に関して説明を行うことにする。
差押える船舶は「債務者の所有」であること
船舶の仮差押を検討する場合に、まず大事なことは、船舶が債務者の所有であることを確認することである。債務者が船舶所有者ではなく裸傭船者などである場合、船舶を仮差押することはできない。あくまでも船舶の仮差押は、債務者の資産の散逸を防ぐためのものであり、債務者の資産(債務者の所有する船舶)に対する差押でなくてはならない。
問題となるのは、船舶所有者がパナマなどのペーパーカンパニーであり、債務者はその親会社である場合である。パナマなどペーパーカンパニーの法人という形式を否認し、実質的に船舶を債務者たる親会社の所有とみなして、船舶を差押えられるかどうかという問題である。近時、この問題が裁判で争われた(東京地方裁判所平成10年4月30日判決)。この事件では、英国チャネルアイランドの船会社に対して船舶用塗料などの売掛金を有する債権者が、船会社のリベリア子会社の所有する船舶に対して仮差押を行った。この事件では、裁判所は、リベリアの子会社はいわゆる“ペーパーカンパニー”であり、船舶は実質的には親会社の所有であると判断し船舶の差押を認めたようである。本件では、債務者は、親会社である船会社であった。一方、差押された船舶は親会社に全株式を保有されるリベリアの会社の所有であった。形式的には、船舶は債務者の所有ではなく、船舶の仮差押はできないことになる。そこで、この仮差押に対して、差押をされた子会社が、差押は違法であり、違法な差押により定期傭船契約が解除されたとして差押を行った債権者に対して損害賠償請求を行ったのが事件のあらましである。東京地方裁判所は、(1)本件船舶の建造契約の注文者は船舶の所有者ではなく親会社であったこと、(2)建造契約の船舶の引渡しを受ける権限も親会社のグループ企業であったこと、(3)親会社と子会社とは代表取締役が共通であったこと、(4)親会社の債権者集会の経緯、などを根拠に差押は「相当」であったとして、差押を受けた船社からの不法行為による損害賠償の主張を退けた。
差押の必要(保全の必要)のあること
債権者が債権を有すること及び債務者が船舶を所有していることも明らかにするだけでは船舶の差押は認められない。船舶の差押を認めるためには、裁判官へ「船舶の差押が必要であること」を明らかにしなければならない。教科書などで「保全の必要性」として論じられている所である。
船舶の仮差押は、債務者に対する嫌がらせのために行うことはできない。万が一嫌がらせのための差押を行った場合、違法な差押として後に損害賠償を請求される可能性がある。現在裁判でこの点が争われている事案があると聞く。また、米国の有名な“ルールB差押”のように裁判管轄を作成するためだけの差押も認められない。
わが国の裁判管轄はあくまでも債務者の財産の散逸を防ぎ、債権者の債権の保全を行うという目的で行われなくてはならない。
この保全の必要性をどのように裁判官に説明するかどうかで、後に述べる債権者が提供する担保の金額も違ってくる。「船舶がペーパーカンパニーであり、所有名義の変更は容易で、本船も今回の清水港での荷役後に所有名義を変更するおそれがあります」、「船舶は海上を航行し、常に座礁、火災などで全損となる危険性があります」などなど……弁護士が仮差押においてその説明上工夫を凝らす点であり、弁護士の腕の見せ所とも言えよう。
船舶の仮差押には「担保の提供」が必要
債権者が債務者に債権を有すること、債務者が船舶を所有していること、差押の必要のあることを明らかにした上で、債権者が「担保」を提供して船舶の仮差押の命令が出される。仮差押は、債権者の一方的な申立てに基づいて行われるために、誤りが生じる恐れがあるので、それによって仮差押を受けたものが被る損害を担保するために債権者が提供するのがこの担保である。
担保の金額は裁判官と弁護士とが面接を行い決定されるのが通例である。船舶の差押の場合は、通常は、債権額の3から4割程度の担保の提供を要求されるが、担保の金額は、債権額の他に、船舶の市場価格、債権者の説明、債権者の出した証拠の内容、裁判官の考え方などなど様様な要素が加味されるわけであり、担保の金額に関しては一般化は不可能である。
担保の提供は、通常は法務局への現金の供託により行われる。現金供託以外にも、保険会社あるいは銀行の保証状(支払保証委託契約)なども制度としては認められているが、いわゆるカーゴクレーム、船舶衝突クレームによる仮差押などの保険会社がからむ事案を除けば、担保は現金供託で行うのが通例である。
発航準備の終了した船舶へは船舶の差押はできない
商法689条は、発航の終了した船舶への差押を禁じている。この点は、船舶の本差押も仮差押も変わらない。この規定は、発航の準備の終わった船舶は荷主などの船舶の発航への期待が大きくなるため「荷主などの利益」を考慮した規定であるといわれるが、船舶の差押の機会を極度に制限するものとして立法上批判の多い規定でもある。実務的には、船舶の差押の前にサーベイヤーなどが停泊中の本船を発見し報告書を作成したり、東京湾であったら京浜船舶日報を提出して、裁判所に差押の申立時に、本船の発航の準備が終了していないことを明らかにするのが通例である。
この「発航の準備」の意味が裁判上問題となったのが、旭川地裁平成8年2月9日決定である。この事件では、裁判所が差押命令を出し、執行官が船舶の停泊する稚内港に赴いたところ、本船は発航準備を一旦終えていたが、荒天のため出港を見合わせ、稚内税関へ出港許可書を返還し、船長や一等航海士も外出中で乗船していなかった。裁判所は、このような状況について、船舶は事実上も法律上も発航の準備をしていなかったことは明らかであり、本船は発航の準備を終えた態勢で天候の回復を待っていただけなので差押は違法であるとの船主の主張を退けた。なお、この事件は、差押された船主より抗告(決定に対する異議の申立)が行われたが、その後和解で解決されたようである。
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